2008年12月アーカイブ

韓国にある街、蜜陽を舞台にした映画。

シークレット•サンシャイン』を観た。

交通事故で夫を亡くしたシングルマザー、シネが、幼い息子を連れて夫の故郷で再出発

する話。

自動車修理工場を営む38歳の独身男、ジョンチャンと出会うが、しょっぱなから2人

の会話は噛み合わない。ジョンチャンはすぐさまシネに心惹かれるがシネはまったく

興味を示さない。

夫を今でも心から愛していると言葉にするシネ。息子を溺愛していて、ちょっと姿が見

えなくなるだけでパニクる。そういう風に見せているのだろうけれど、シネの疲れ顔に

伸びきってでろんでろんになったパーマが侘しさを倍増させる。

韓国では誘拐が多いのだろうか。種明かしをするようで申し訳ない。けど、子供の誘拐

がドラマが大きく展開するきっかけになることが多いように思う。

涙線の緩む準備は万端だったのだけれど、意外。その必要はなかった。笑える場面もあ

る。終始、ふてくされたシネが岸本加世子さんとダブって仕方がなかった。

ジョンチャン役にソン•ガンホ。JSA、大統領の理髪師など出演多数。男前ではけしてな

いが男気旺盛な大きな人。

カレンダーを見れば日にちの感覚がかろうじてつかめる案配。今年はあと2日か。

なんとなく少しずつ掃除はしているが、何ら変わりない日常。以上。

韓国にある街、蜜陽を舞台にした映画。

シークレット•サンシャイン』を観た。

交通事故で夫を亡くしたシングルマザー、シネが、幼い息子を連れて夫の故郷で再出発

する話。

自動車修理工場を営む38歳の独身男、ジョンチャンと出会うが、しょっぱなから2人

の会話は噛み合わない。ジョンチャンはすぐさまシネに心惹かれるがシネはまったく

興味を示さない。

夫を今でも心から愛していると言葉にするシネ。息子を溺愛していて、ちょっと姿が見

えなくなるだけでパニクる。そういう風に見せているのだろうけれど、シネの疲れ顔に

伸びきってでろんでろんになったパーマが侘しさを倍増させる。

韓国では誘拐が多いのだろうか。種明かしをするようで申し訳ない。けど、子供の誘拐

がドラマが大きく展開するきっかけになることが多いように思う。

涙線の緩む準備は万端だったのだけれど、意外。その必要はなかった。笑える場面もあ

る。終始、ふてくされたシネが岸本加世子さんとダブって仕方がなかった。

ジョンチャン役にソン•ガンホ。JSA、大統領の理髪師など出演多数。男前ではけしてな

いが男気旺盛な大きな人。

カレンダーを見れば日にちの感覚がかろうじてつかめる案配。今年はあと2日か。

なんとなく少しずつ掃除はしているが、何ら変わりない日常。以上。

主人公の服

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けちゃっぷマニアのHIROちゃんみたいにしようと

思って全身をマルコマルカの服でキメて待ち合わせ。ルン

ルンなんて言葉を使う日は一生来ないと思ってたけど使っちゃおう」

喜多ふあり氏の小説「けちゃっぷ」の冒頭の一文を読んで驚いた。なぜなら、マルコマ

ルカは私自身が長年関わっていた洋服のブランドだからだ。その洋服のデザイナーをし

ていた。

自分のアイデアやら手やら気持ちやらを込めた洋服という創作の完成形が、これまた別

の小説という活字で表現されるとは味わったことのない感覚だ。「けちゃっぷ」の主人

公が全身それを身に纏ってくれたというのだからありがたいかぎり。

「けちゃっぷ」は、自殺願望を語るニートの女性が奇抜な映画撮影に巻き込まれる話。

主人公は言葉を話さず、思ったことを随時、ケータイでブログにアップ、それを読んだ

男優が話しかけて会話が成立するという今っぽい展開で、軽い文体とはうらはらな重い

テーマの対照が面白い。

撮影現場で真っ白なワンピースのうつろな目の女が血に染まる時、それがけちゃっぷな

のか血のりなのかそれとも、血なのかが主人公には分からなくなっていく。

喜多ふあり氏は私と同年代の男性だ。ふありなんだから女だろうとの先入観を逆手に

とって読者を翻弄する作家でありたいという、あえてそれを分かったうえでふざけた名

前をつけられたそう。ほほう。

名前、名前、名前。芸名、ペンネーム等も素敵だと思うが、私は今の名前のまんまでい

い。いくつもあるとややこしいので。本人なので本名でいいかな。

名前はその人を表すというけれど、どうなのだろう。

私が生まれた時、名前の候補は「ゆりこ」か「あきこ」だったらしいが、「ゆりこ」に

になった所以は「あきこ」にすると気が強くなりすぎるからという理由。なんやそれ。

自由の「由」に利口の「利」にこどもの「子」で由利子。

ちなみに猫の名前。ココ•シャネル、ヴィヴィアン•ウエストウッド、ドン•コルレオー

ニ。ココ、ヴィヴィ、ドン。生後6ヶ月前後の彼らがその大層な名前らしくなるのは

年明け以降か。

OUT

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この2日ほど、正体不明の腹痛に悩まされていて、胸くそ悪かったのだけれど、やっと

回復の兆し。年の瀬ともなると、やはり丈夫な体もガタがくるのだと痛感した。

盲腸疑惑もあったけれど、いったん気にすると気になってしょうがなくなる質なので

無視して安眠。したら、痛みは治まった。病は気から。諺万歳。

ところでマネキン。これを見て何を想像するだろうか。

中心の髪の毛ない人はともかく、ビニール袋をかぶった2人が切ない。生きてくれよ。

生きさしてくれよ。作りもんとは承知のうえだが、姿形が似ているもんでどうしても気

になり写真を撮ってしまった。もしかしてその方が残虐かもしれない。

が、鼻と口で息をして、心臓がバクバクいってるうちは思い切り動かなと思う。

生きてるのにビニール袋かぶってたらもったいない。

3日ほど前、美容家の52歳の女性にお会いする機会があった。まさにマネキンのごと

くパーフェクトな容姿でびっくりするほど綺麗な方で、心底心躍った。

メス1本たりとも入れていなければ、人工的な要素はひとつもない、ナチュラルな美。

しかし、パーフェクト。どの角度から見てもきちんと計算された美しさがそこにある。

あらゆる意味で自己管理のスペシャリスト。

彼女は、激動の人生をダイジェストで話してくれたけれど、それを面白おかしくいえる

のはそれをちゃんと消化してるからなのだろう。

「いつ死ぬか分からないでしょ?私、死んだ時に汚い下着つけてるのいやなのよ。ぜん

んぶ、綺麗でいたいの」一度、命を失くしかけた人だから言える軽いけどズシリとく

る言葉。女は強いな、すげぇなと思っていた矢先、飯島愛さんの死。

皆、言いたい放題いってるけれど真相は誰にも分からないのではないか。

死んでしまったらここ、この世界ではそれで終わり。あれこれ探ったところで何がある

というのだろう。できるならそっとしてあげたい。

生かされていることに感謝をせんと。

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今月入ってまもなく、なにかと誘いの多い月であった。

年の瀬ということもあり、呑む機会が皆、必然的に増えるでしょう。そうでしょ。

やるべきことがてんこもりの自分自身をあらためて見直すと、自戒せねばならない気持

ちになった。

呑んでいる場合ではない。

それなのに、DJ URU氏が我が家にやってき

た。はしゃがないわけにはいかない。心躍るぜ。楽しいぜ。

が、毎度、同氏から一応、訪問のアポは入るものの、時間通りにいらっしゃることがな

かったように思う。

この日も、予定していた時間より1時間以上経ってもDJ URU氏は現れなかった。

来たら来たで楽しもうと思っていたら、蒼い顔のURU氏が玄関先に到着。

すでに、ハードな夜 第一部を過ごしていたそうで、駅付近で1時間以上、のたうち

回っていたそう。なぜ、助けを求めない?

うちに着くなり、水1杯と枝豆でバッチリ元気を取り戻した。恐るべし体力。

本ブログ、そしてDJ URU氏のサイトをデザインしておられるN氏、イエス•キリストに

そっくりのH氏、DJ URU氏と私の4人で真夜中過ぎから朝まで飲み明かした。

例のごとく、飲み過ぎた。

いつになったら自分をうまくコントロールすることができるのだろう。

できることなら、DJ URU氏をこのブログに貼付けて実物をご覧いただきたいのだけれ

ど、なんともいえんユニークなキャラクター。ユニークといってもさまざま。

こんな生き物見たことがないといえば伝わるだろうか。

まるでテレビの画面を覗き見して笑わせられているような気分になる、飽きのこないテ

ンポの弾む会話で、次からへ次と楽しませてくれる。危うく何かバッグから取り出して

売りつけられるのではないかと、ほろ酔いの時にいつも思うが、酒が進み、宇宙の彼方

へ。

テンションは無限大に拡大。

この場を借りて御礼申し上げたい。

が、反面、B型ゆえに喋り出したら止まらない暴走魂。私もB型なので勝手に分かったフ

リをしている。が、B型同士は己のウザさを言葉介せず理解し合っている、と思ってい

る。

DJ URU氏は、人を気持ちよく酔わす天才だと思っている。

私が勝手に思っているのが真実でも、それでかまわない。ええい。

共にお酒を呑んでいて、こんなに気持ちよく酔えるのはそうそうないぜ。

この夜も、見事に酒に呑まれた。

夢に出てきた。

剛毛という言葉を髪の毛に使うのが正しいかどうかわ分からないのだけれど、

出てきたまんまを表すとそういうことになる。硬毛でなく剛毛。

流し台のたわしみたいな髪の毛で、「人前に出るから直したのよ」と話しかけられた。

首から上の剛毛の竹内まりやさんと本来の竹内まりやさんが、ビフォー、アフターの

リズムで髪が爆発しては元通りになる、寄っては引きが繰り返された。

最近、本当によく夢をみる。

おそらく毎日見ている。

こないだは友人のシャム猫(人間)が、うちに引っ越してきた。

うちのキッチンがかけっこできるぐらいにバカでかくなっていて、なぜかアメリカの田

舎の住宅街っぽい風景(ってなんやという感じ)が窓から見えた。

しかも、猫2匹を連れていて、色が黒と茶色。

そんな猫がいるんかどうかは知らないが、やはり毛足が長かった。

猫といえば、久々に向田邦子氏の、「男どき女どき」を読み返した。

同氏が1981年の台湾旅行中、飛行機事故で亡くなられる前に、最後に書かれた小説

とエッセイがつまったもので私の愛読書のひとつだ。

その一編に「美醜」というエッセイがあり、飼い猫のビルについて書かれている。

オスの虎猫でかなり美男だったので、向田氏は彼のお嫁さんに近所のべっぴん、シロを

考えていたそう。そこまでいうほどべっぴんではないけれど、毛艶がよく気立てが優し

いところを目にかけていたらしい。

けれど、ビルが選んだのは一軒おいた隣の年増猫。小太りの三毛で、何度も仔を生んだ

お腹はたるみにたるんでいる。足が悪く、片目にはいつも目やにをためている気の強い

メス猫だ。

なんであんなオバサン猫?と朝帰りしたビルを向田氏は叱ったそうだけれど、その2ヶ

月後、オバサンの飼い主がビルそっくりの虎猫2匹を回覧板に乗せてやってきたらし

い。

このエッセイによると、動物はオスが配偶者を選ぶ基準は、まずメスとして生活力旺盛

なこと、次に繁殖力、そして子育てが上手なことだそうだ。

つまり、人間から見て可愛いだの、ブサイクだのいうことは当の本人たちには関係ない

らしい。

そしてメスがオスを選ぶ基準は、まず強いこと。おしっこ臭を発散させて、好色である

こと。人間世界ではあまり考えられないことだと思う。

まず、生きること、それが動物たちにとっては第一で、子孫繁栄させることがその次。

わたしたち、人間はやれ若いだの、顔の造りがどうだの、表面的なことばかりにとらわ

れがちだ。

向田氏もいわれているように、誰が決めたか知らない美醜の基準が人間界にはあって、

それに一喜一憂しているおろかな私たち。

この現世ではそれが当然のことのように皆捉えているけれど、動物のもつようなもっと

自然に大切なことをみつめてみるのも時には必要なのではないかと思った。

ところで、相変わらずうちのメス猫はメス猫の乳首を吸い続けている。

それを阻止する方法は今のところ思いつかない。

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ルルドの泉、トラコテの泉、ノルデナウの泉…それよりもすごい泉が富士山にあるらし

い。そこでとれた水を今日、友人が送ってきてくれた。

箱1ケース分。たまげた。

それがこれだ。

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友人いわく、「細胞が若返る水」だそう。

この水がいかに体にいいかという研究を行っている日本の16大学が臨床データを発表

している。

個人差はあれど、リュウマチ、痛風、糖尿病、花粉症などの病気、さらに癌さえも、こ

の水を飲むことで症状が改善されているそう。

疑ってかかる私は思う。さて、本当か。

それはこれからのお楽しみ。

なぜ細胞が若返るかというと、この水自体がうんぬんというより、この水に含まれてい

る天然水素の働きによるらしい。

その水素は、サプリメントではなく、人工的に添加した水素でもなく、水分に含まれて

いる「天然水素」の作用によるものだそう。

ナチュラルが一番ですってことだ。

ありがとう。ガンガン飲みます。

ところで、ルルドといえばフランス。

昨夜の忘年会にて。

若き日のジェーン•バーキンをイメージさせる「可愛い大人の女」と同席した。とにか

く、とりとめのない可愛らしさを持っている女性なのだ。

参加しているメンバーのほとんどが、ビニール傘を持参している中、ひとつだけ真っ黒

なボディに真っ黒なフリルで縁取られた洒落た傘があった。

その持ち主が大人の女だ。

いつ、どんな場面でも、何を話している時でも、笑顔を絶やさず、しかも心の底から微

笑んでいらっしゃる。瞳がキラキラしていた。

原宿の路上で見かけるような、アイドルのスナップ写真の瞳みたいな瞳。

たとえがおぼつかなくて申し訳ないが、本当にそうなのだ。

彼女を見ているだけで、こちらも自然と笑顔になれる、そういう人。

「陽気」という言葉がしっくりくるかもしれない。

そうかと思えば、聞いてもいない傘の値段を教えてくれた。

けっこう、お手頃な価格。というか、安いやん。ああ、言わんでええのに…。

なにげないひとときの大切さ。

その後、彼女が思いを寄せる男の話になった。

彼女の瞳の輝きが増し、肩をすくめて照れまくっている。

テレビのチャンネルを変えるみたいにコロコロ変わる。

そして、映画の話になった。

以前、このブログでも紹介した「親切なクムジャさん」という韓国映画のタイトルを

彼女に伝えたら、メモを取り出し、メモりはじめた。

チラッと紙面に目をやると、「親切」が「親切」ではなく、見たことのない漢字がそこ

にある。

「心接なクムジャさ…」

心が接する。

私はズッコケて、そして笑い、漢字の間違いを指摘したけれど、こっちの方がしっくり

きてると妙に納得した。

たまたま、私たちの目の前にいた人が「クボタさん」という人で、あやうく「心接なク

ボタさん」とメモるところだった。

2008年のラスト間際に、愉快痛快な笑いをありがとう。

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勝間和代氏の新刊、「起きていることはすべて正しい」を購入した。

勝間本ブームを起こしている張本人こと、経済評論家の勝間和代氏だ。

今年、経済部門のベストマザー賞を受賞しておられる。

母であり、妻であり、仕事人であり、ひとりの女性である。

『私は32歳が迷いのピークでした。中間管理職になって3年。毎日増えるばかりの業務と

子育ての両立に追われ、ワイン1/2本とタバコ1箱にストレス解消を頼る日々。気づけ

ば、体重は13kg増えていました。

この本では、「起きていることはすべて正しい」という座右の銘のもと、私がそこから

どうやって立ち直ったかを、「戦略的に運をつかむ4つの技術」として初公開しました。

同じ迷いがある人に少しでも、私の体験が参考になれば幸いです』

表紙には、勝間氏の写真と彼女の言葉が書かれている。

現在、そうちょうど今、同じ32歳の女として、胸に響いた。

私は子育てもしていなければ、中間管理職でもないし、忙しさに追われれば、体重は増

えるよりもどんどん減ってく一方だ。

彼女と自分を比べることはおこがましいようだが、ワインの代わりの焼酎とタバ

コ1箱(と数本)だけが、唯一かぶるかしれない。

共通点みっけ。

すいません…。

さっき買ったばかりなので、中身はまだ拝読していない。

勝間氏の著書はこれまでに2冊読んだ。確か先月。

1冊は、勝間和代の日本を変えよう、もうひとつは、読書進化論〜人はウェブで変わる

のか本はウェブに負けたのか。

どちらも風呂に浸かりながら読んだ。

一気に読めた。

素晴らしいと思ったのは、内容だけでなく彼女自身の存在。

スーパーウーマンだ。

AERAの表紙の勝間氏の横顔は輝いていた。

かっこよすぎる。

女だけど惚れぼれした。

勝間氏のような女性が生きている同じ時代に、私も生きていること。

非常にありがたいと思う。

本の中身を読んでもないくせに、たいそうなことをいうようだが、インスピレーション

を頂いた。

勝間氏の『今』のビートがたくさんつまっているのだろう。

もう少ししたら風呂に浸かろうと思う。

ranKingranQueenのれんこんチップを

ranKingranQueenの生みの親、多田氏に頂いた。

いつもありがとうございます。感謝しております。

スパイシーでクセになる味。からしが苦手だったのに全然イケました。

お菓子になるとこんなに食べやすいんですね。

あっという間に食してしまいました。

苦手だと思っていたものを最近克服しつつあるのかもしれません。

また、食します。

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昨夜、気がついたら見知らぬ駅にいた。

作家の高橋フミアキ先生の忘年会で、はしゃぎすぎて、

深酒、その後の記憶はない。

電車の方向を間違ったようで、つつじヶ丘というまったく行ったこともない駅にいた。

結局タクシーで自宅まで戻った。

今日は一日頭が痛かったけれど、何とかやるべきことはやってみた。

情熱は、努力に通じます。 情熱は、愛から生まれます。 情熱は、ひたむきさとなります。 情熱の人は、素敵です。 情熱を持って生きよう!

高橋フミアキ先生の言葉だ。

素晴らしい…。

先生の新刊、「さすが!と思わせるできる人の話し方」が早くも増刷決定したとのこ

と。おめでとうございます。

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イラストレーターの星養歩見さんから、こんなプレゼントを頂いた。

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猫とマッチ。私の生活に欠かせない2つが合わさるとこんなにも可愛くなるのか。

もったいなくて使えません。ありがとう。

様子が...

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私は猫を3匹飼っている。

最近、生後8ヶ月になる♀猫の何というか、乳の首、つまり乳首が腫れてるのでやや心配

していた。

引っ掻いて、吸われたような後があり、みるからに痛々しい。

でも、乳首は他にも6、7個あるようなので、それほど気にはしていなかった。

発情期が近いので、自分で掻いているのか、もしくは新顔の♂猫ともしかしてできてし

まったのか、どうしよう、早熟…ま、動物だからしかたない。

そんなことを思っていた矢先、乳首事件の主と乳首の持ち主の現場を見てしまった。

相手はなんと新顔の♀猫。

いささかショック。

お母さんと思って吸いついているのか、すごい勢いで絡み合っていた。

体の大きさも年齢もさほど変わらない。

ショックなので、今日はこれぐらいにしておきたい。

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しちゃいけないぜ、スキャンダル。

懐かしい。

思わせぶりな歌詞に、思春期、胸がくすぐられたな。

カセットテープ。今じゃ考えられん。

時間が経ってることに、少しは自覚を持ちたい。

先日、私の自宅のすぐそばで、過激に吐いているB•ボーイのことを話題にしたが、

つい、つい先ほど、同じ現場で、サラリーマンの方が、自転車に股がり、一服しなが

らニンマリ顔で携帯片手にラブい会話中だった。

小指が立っていて、しかもチェッカーズの髪型をしていた。

前髪を3すじぐらい固めて垂らす、アレである。

懐かしすぎて、横切りながら、体は前進、首から上はその人の前髪に釘付けだった。

けしてカッコイイとは思えない。

私の住処は、わりと静かな住宅街。

向かい近所には、かなり立派なお家が立ち並んでいる。

そのまさに向かいの家は、バカでかく、何というか普通の二階建ての一軒家があるとし

たら、それを横とタテにぐーっと引きのばした感じの、立体感抜群の家で、年老いた柴

犬が広い庭で、置物みたいにじっとしている。

その家の主も、そういえばチェッカーズの髪型だった。

朝、朝刊を取りにいったり、ゴミ捨てにいく時、その人は豪邸をバックに、いつも会釈

をしてくれる。

声は聞いたことがないし、いつもだいぶ遠いので本当はどうかわからないけれど、その

人は、チェッカーズの髪型の女性。

朝8時ぐらいでも、前髪が完璧にセットされていて、印象的。

やはり、ケープなのか?今もナウいんか。

ケープも今、多様化してるから、詳しい諸々は分からないが、スーパーハードだと、

指先通らないよな。フケみたいになるし。

向かいの家のチェッカーズ。

「その髪型のセットは、何かを想いださせるけど出てこない。何ですか?何だろう?な

んで?」と色々思いながら、突き詰める気も特になく、1年近く頭の片隅にあったのだ

けれど、さっきの自転車の人でリンクした。

「まだ、絶対、小指立てて話してるで」に2票。

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母のことにも触れておきたい。

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これは、母の家で寝ている母の愛犬だ。

毛むくじゃらなのでよく見えないが、まだ子犬でワクチンか何かの注射をしたので、

ぐったりして眠っているらしい。

1キロほどのちんちくりんのトイプードルだ。

この犬と母の出会いは今年の9月頃。

正式に飼うことになってからはまだ日が浅い。

聞くところに寄ると、餌は1時間(この頃は45分と短縮)かけてふやかしてから食べ

させてあげる、散髪、病院にも連れて行くと子育てばりに母はいたれりつくせりではり

きっている様子。

この犬が来てから、母から私への電話の回数がめっきり減った、と本人に伝えたら、

「えぇ〜?そんなことないよぉ〜」と笑ってブリっ子していたが、あのブリッ子は何

だったのでしょうか。

こちらの状況をかまわずに機関銃のように電話口で話すのが減ったのは、少しさびしい

けれど、幸せそうで何よりだ。

母の「夢中になったら突き詰めるところ」は、私の遺伝子にちゃんと組み込まれてい

る。

さらに、電話が来てもこの犬の話しかしない。勝手。

対して、こちらは猫の話。さらに勝手。

ここもお互い様。遺伝子パート2。

お互い喋りたいだけ喋りまくって、「犬がいいわよ」「猫だっていいよ」

と垨のあかない羅列をするが笑っている。

「この犬から一時も離れられない」といっていたのに、こないだ電話したら、石川県の

温泉に友人と遊びにいっていた。

犬は弟夫婦に預けたと…。

突然の行動も笑って済ます、これも無言で母から教わったことなのかもしれない。

パート3。

親も親なら子も子だ。

30歳になったあたりから、この人が間違いなく、私の母親だと再確認することが多々

ある。

昔、「あんたは私の子じゃなくてもらってきたんよ」と冗談まじりに言われた時、本気

で家を出て行こうかと考えた。けど、小学生だったのでとりあえず家に帰っておいた。

そんな母を今は、私のような母の遺伝子をバリバリ受け継いだうえで、少し遠巻きに見

つめられるようになったのかもしれない。

年を重ねるごとに、さらにパワーアップする母よ、近々旅行にでもいきましょう。

どこのことわざだが知らないけれど、たまたまページをめくった本の外枠に書かれてい

た。

『女は10歳で天使、15歳で聖者、40歳で悪魔、80歳で魔女』

うーん。ということは、確実に悪魔の方向に向かっているんだな。

これによれば、母親は魔女に向かい、祖母は魔女を超えているということになる。

じゃあ、祖母はなんなのだろう? DSCF0872.pdf

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たった今、自宅の斜め前で激しく吐いてるBボーイがいた。

Bボーイとは、格好で判断したのであって、真にBボーイなのかどうかはさだかであるけれど。

ワッツアップ。

コンビニに行ってから戻るまでの5分足らず、その青年は吐き続けていた。

飲み過ぎたのだろう。

お母さんに怒られるぞ。

気をつけて。

ところで、今日またクリスマスツリーを観た。

溜池山王。

シーズンだから当然なのだが、うっとりした。

乙女、入ります。

ANAホテルの前の横断歩道で、チラチラ金銀に飾られたツリーをしばらく見上げていた。

クリスマスに予定はありません。

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小4の頃まで、家族内にはサンタクロースがいることになっていた。

それが父親だったと気づいたのは、その前の年。

薄目で見たら、プレゼントを枕元に置いていたのは父親だった。

抜き足差し足で足音を立てぬよう、気遣っている姿は今でもはっきり覚えている。

言うに言い出せず、時は過ぎた。

ANAホテルに行った帰り、銀座線に乗った。

吊り広告のひとつに目がとまった。

「文学館」の宣伝の何かで、一般の人のコラムっぽいものが載せられていた。

亡きサラリーマンの父親の背中についてサラリーマンの息子が想いを連ねたものだっ

た。

いつの間にか親父の背中をみているうちに、自分も大人になっていた。

帰り道、前を歩いているサラリーマンに見覚えがある。

その親父が息子の前を歩いていた。

背中を見て、声をかけられなかったのは、いっつも笑ってる親父の背中がなんか

こう弱々しくみえたから…。

息子のコラム的なものを読んでいた私は暖房が中途半端にきいた車内の座席に座ってい

て、その広告は斜め上ぐらいだったし、混んでいたので見にくかったけれど、最後まで

読んだ。

その親父は去年亡くなったらしい。

いっつも笑ってた親父なのに、その背中をみてからはなんか胸につっかえて言葉にでき

ないものがあった。

でも、それを言えぬまま最後まで、みんなを笑わせた父親。その背中のように俺もなれ

るかな、そういう感じの内容だった。

この息子と同じシチュエーションに出くわしたことがある。

たしか中2のある晩。

1時間半かけて遠い中学に通っていたので、私も電車。

父も同じ電車に乗っていたらしく、先に歩き、私が後を追うかたちだった。

駅から5分ほど歩いたところに、大きな歩道橋がある。近づいてくる。

右手には幼稚園。

夜中の幼稚園はこわい。

なるべくみないようにしていた。

「とぼとぼ歩くサラリーマンがおるな」、と前を見ていたら見覚えのある禿頭。

他でもない、私の父だった。

歩道橋の入口は二手に分かれていて、下ると「赤い道」がある。

赤色の道。別に意味はないけれど、地元でそう呼んでいた。

「赤い道」を通っていくと、大きな公園を通り抜けなければ家にはたどり着けない。

迷った。

どっちにいくべきか?

辺りを見回す。

半径50m以内に父と私しかいない。

だいぶ後ろの方に、人影が見える。

「赤い道」に右足いれる。肌寒い夜空をバックに鼻歌が聞こえる。

歩道橋を渡りかけた父が視界に入った。

歩道橋の脇の柵に手をかけながら、頭をうなだれ歌いながら歩いている。

その背中は、はじめて私に男の「哀愁」というものを感じさせた。

赤い道に半歩足を踏み入れたまま、その姿が少しずつ遠くなるのをみつめていた。

反抗期の中学生。

私。

その日父は何かあったのか。

ガッカリしたんか。

しんどいんか。

そう遠くない後ろを娘が歩いていることに気づきもせず、自宅の門に手をかける父。

こっそり見ていた私。

家に帰ると、何食わぬ顔でビールを飲んでいた。

禿頭のクセ毛を撫でながら、「おかえり」。

なんでもないふりをする父。

ふつうに笑っていた。

懐かしい。

人は失ってはじめて、その大きさに気づく。

私の父は7年前に他界したが、今もその実感が続いている。

そこにいなくても、その人の感覚というのはいつまでも残っているものだと、ツリーを

見て、吊り広告をみて、そう思った。

ラッシュ時のスーツ姿のサラリーマンの背中を見てドキッとして、勝手にそのひとりず

つのあれこれを想像してしまうのは彼らにとっては迷惑きわまりないことやと思うけれ

ど、男のなんたるか。

考えると大変だ。

女の私には想像できない。

心から尊敬しています。

「おまえはおまえの思うように生きろよ」

あっけなく消えていった父が今でも憎たらしく大好きだ。

友人3人で久々飲み、腹がよじれるほど笑ってきた。

飲む予定ではなかったのだけれど、1杯が2杯になり3杯、4杯…。

結局、飲む予定だったのだ。

私以外の2人は面識があったけれど、面と向かって話すのは今夜がはじめて。

なんともいえない温かみのある福島訛りでひとりがいう。

そして超高速の早口。

「前々から思ってたんだけど、あなたってシャム猫よね。シャム猫がいるわと思って

いつも見てたのよ」

それがしょっぱな出た言葉で、もうひとりは目を大きく見開いた。

「シャム猫ですか〜?私、人間なんですけど」

そんなどうしようもない話から始まり、昔の手動式のチャンネルをガチャガチャする

テレビのそのチャンネルのように、話題がぽんぽん飛ぶ。

福島訛りの彼女がいう。

「青海のチンドン屋のコンクールみたいなの、見たのよ」

私とシャム猫の彼女は、ものすごいスピードで次から次へと引き出しを開けては開けっ

放しのまま、また次を開ける彼女の勢いに巻き込まれる。

突拍子もない発言が連発。

残念ながら書ききれない。それこそ朝が来てしまう。

帰り道。

テンポがいいというのは彼女のような人のことをいうのだ、思った。

炸裂トークをするも、相手への思いやりはけっして忘れず、むしろ楽しかったという余

韻に浸れたほどだ。

「前々から思ってたんだけど、岸由利子って変態よね」

あなたも十分変態だと思いました。

なぜか、私のことをフルネームで呼ぶあなた。

素敵な夜をありがとうございました。

This is しっちゃかめっちゃか 。

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復讐3部作

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パク•チュヌク。

韓国映画で最も好きな監督。

復讐3部作なる内2作を久しぶりにぶっ続けで観た。

「復讐者に憐れみを」

「親切なクムジャさん」

前に観たのは2年ほど前だったが、どちらも直視できない場面があった。

血まみれどころか、子供の死体解剖をその親が直視したり、主人公が殺意を抱く相手

(男)の両足にピストルの弾をぶち込み、傷つけながらも命ぎりぎりまで生かせ、数日

後、その男に恨みを持った10人近くの大人がやってきて、それぞれのやり方でブッ刺

したりもする。中でも最も人殺しと無関係に見える上品な感じの〝老婆〟と呼んでもさ

しさわりないであろう女性が、男の後ろ側から、子供用のハサミで首を刺した時は、背

筋がシャーンと伸びた。

3部作といわれるひとつ、「オールド•ボーイ」。初めて見た時のえげつないさが強烈

で半分以上は手で顔を覆っていた。

他のふたつと違い、怖いものみたさといえどそこまでは手が伸びなかった。

先の2作にはいずれも、幼い子供達が出てくる。

「復讐者に憐れみを」では、耳の聞こえない貧しい男が、臓器移植をしなければ命を失

う姉のために、解雇された会社の社長の娘を誘拐する。

種明かしはしたくないのでここでやめる。

「親切なクムジャさん」では、変態•英語教室講師に殺された複数の子供達の無惨な姿が

回想で出てくる。

目も当てられない描写だ。言葉を失う。

子供は一瞬で死ぬ。死んでしまう。

パク•チュヌク監督の作品で出てくる女性たちはずば抜けて精神力が強く、肉体的にもか

なりタフだが、ぶん殴られたら男には負ける。

男だってそう。鉄砲で打たれたら終わり。いちころ。

人の命のはかなさ。

人のもつ破壊的なエネルギーが沸点まで達すると恐ろしいことになってしまう。

その日あったことをよく夢にみるのだけれど、どうか今日はかんべんしてほしい。

現実にはあってほしくないから。

また観たいけれど。