週刊文春に連載の中村うさぎ氏のエッセイに、今年の初め頃より話題となり、気になってい
た代理ミュンヒハウゼン症候群(正しくは代理によるミュンヒハウゼン症候群)という病気
について書かれてあった。この病気は、入院中の自分の娘の点滴に雑菌の入った液体を入れ
たりと、命の存続を危ぶむ行為を母自らが行い、子供に過剰な医療を受けさせ、看病する自
分にアテンションが払われることで「ええ母親にみられたい」という欲求を満たすという複
雑なもの。これについてうさぎ氏は「紛れもない母の病」であり、「母子が密着し、また母
性を放置しすぎたせいで、新しい視点で見直さなくてはならない」と発言しており、共感を
覚えていたところ、精神科医の斉藤学氏を中心とした、JUSTアディクション•フォーラム、
『多様化する母たち〜当たり前のように母をやっていませんか?』に於いて、うさぎ氏がパ
ネリストとして参加するということで、聞いてきました。
うさぎ氏以外のパネリストは、内田春菊氏、倉田真由美氏という豪華な面子で非常に楽しみ
にしておりました。が会場到着後、状況は一変。察するに、半数以上の来客の方たちがおそ
らく、アルコール依存症の親を持つアダルトチルドレンであったり、子供に過度の暴力を振
るうDVの方、あるいは過食嘔吐やリストカットを繰り返し、現在斉藤氏の元で治療中という
何らかのアディクションを持つ人たちで、私なんぞのもんが同席していいのかとやや不安に
なった。
予想とはうらはらに、質疑応答がはじまると、ステージと会場が一体と化して、和やかな雰
囲気となり、御三方の女性、主に現•旦那さまがゲイだといううさぎ氏に質問が飛び交った。
定年前の母に溺愛され、婚約破綻となった女性は、子供を母にプレゼントしたら老後に喜ば
れるという妄想を抱いていたり、娘に夫以外の男が出来てしまい、置きざりになった年頃の
孫の母代わりをする女性の狂気的な気遣いなど、驚くような現実を本人たちの口から伝えら
れ、それぞれに抱える悩みに対するアドバイスが繰り広げられるのだった。
うさぎ氏は、現在の婚姻関係について、「これから年を重ねていくことを思えば、さすがの
私でも、誰も自分のことを親身に思わないという孤独には耐えかねない。たまたま夫となっ
た男性とは、その意味で価値観が合い、家族として一緒にいる」ということで、
おくりびとではないけれど、彼が先に死ねば私が看取り、その反対もありで、ちゃんと見送
りたいのだと。絶対的な信頼関係で結ばれているとそう言っていた。
お二人の間にはもちろん、性的な関係はまったくなく、あくまで家族というスタンスである
という。彼の恋人は2人の住処にやってくるが、うさぎ氏はそういう時、外泊であるらし
く、一体ご自宅の寝室はどうなっているのかしらと思いながら、あっという間にフォーラム
終了。
喫煙所で一服していたら、偶然にもうさぎ氏がタバコを1本箱から取り出しながら、私の目
の前にピョコンと腰を下ろしてくれるはないですか。おかげで直にお話をうかがうことがで
きた。小柄で可愛らしい。なのに、頭の中や生き方は驚くほど男らしい。判断基準はよく分
からないが、日本では少なくともそういうことになると思います。買い物依存や整形、豊胸
なら、どちらかといえば、女性であること、美しくあることなど外面的、物質的な要素にこ
だわっている風にも捉えられるが、それは女性であることへの自己嫌悪の現れだとおっ
しゃっていた。丁重で謙虚でまっすぐな、なんとも素敵な女性であった。
艶っぽい方でびっくりしました、綺麗ですねというと、大きな目をさらに大きく見開き、と
んでもないの全否定。そこに照れはなく、艶っぽいなら春菊さんの方じゃないかな、と。
潔くかっこええ女王です。
女性性を消し去りたいという願望は自己嫌悪の感は私にもあって、女として何やかんや言わ
れることが嫌な時期もありながら、されど女であり、今日も女である。女、女、女。
考えることがたくさんあります。


