村上春樹氏の1Q84 BOOK1<4〜6月>を暦どおりに読み終えた。
後半のBOOK2が、7月〜9月ってことは、明日から、今年の夏の終わりまでかけてじっくり
読むのかといえば、実際そんなにはかからないと思う。
けれど、今、同書を読んでいる友人が、第4章を読み終えて、「どうしよっかな、第5章読
もうか、読まないか」と悩んでいたのを見て、ちょっと考えた。
その人は、「できるだけその世界に長く浸っていたいから、わざと読みたい気持ちを押さえ
る」というのだ。
その気持ち、分からないでもないけれど、ポリネシアンセックスか?と思ってしまった。
人それぞれ楽しみ方があると思うけれど、その瞬間、一気に読んでしまいたいという衝動
は止めない方なので、そこまでコントロールできることを逆に尊敬する。
未だ未熟なものかも知れない。
ところで、以前お酒の席でご一緒させて頂いた株式会社フェイス総研の代表取締役社長、
小
倉宏氏のメルマガ、人と組織の悩みが嘘のように晴れるコラム100選の一コマがあまりに
も素敵なのでご紹介させていただきたいと思う。以下、引用。
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メールマガジンに書くべきことかどうか大いに迷った末に、やはり書くことに決めた。
6月26日13時25分。僕の母が永眠した。
享年75歳。
そして母が眠りにつくわずか数時間前。
日本時間の同日朝、テレビでマイケル・ジャクソンの訃報が告げられた。
すごいタイミングだ。
賑やかなことが大好きだったエンターテイナーの母にぴったりの死に様だ。
これで親類縁者が母の命日を忘れることは決して無い。
当然のことながら、2人の間には「命日が一緒」という以上の関係は無い。
マイケル・ジャクソンはおそらく、いや間違いなく、母を知らない。
母がマイケル・ジャクソン知っていたかどうか...はもはや確認する術はない。
ただし、母は彼の曲を何度も耳にしていたはずだ。僕の部屋のLPレコードから
流れる「スリラー」や「オフザウォール」や「ジャクソン5」の名曲たちを。
「ヒロシ!音がうるさい!」とステレオ以上の大きな声で怒鳴りながら。
子供の頃の僕は、母が教えてくれたたくさんのことをろくに聞きもせず、反発
ばかりしていた。
しかし、40歳を過ぎ、立派なおじさんになってからの僕に対しては、たくさん
の気付きを与えてくれた。
子は親の立場になった時に初めて親のありがたみに気づく。
僕は子供を持ってはいないが、仕事の場面などで親の立場に立つことが多々ある。
そしてその時に初めて母の思いに気づく。
子供は親にいくら強制されても反発をするだけだ。
しかし、強制の言葉ではない、ふとした何気ないできごとの中で親に教えられ
ることがある。その時に初めて何かに気付き、1つ大人になっていくのだ。
そして、子供が気付いていくプロセスの大前提として、親から無償の愛を受け
ていることが必要だ。何があろうと子を守り抜く、という無分別なまでの絶対
の愛があって初めて、子は親の思いから何かをくみ取る。
愛の無い関係では、それは起きない。
それは会社における上司と部下の関係においても同じかもしれない。
そんなことを僕は母を通じて学ばせてもらった。
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私はこれを読んで、深く心を打たれた。
お母様が亡くなったわずか数日後、葬儀が行われる当日に、こんな風にしっかりと
まっすぐに心の内を言葉にして、発信するなんて、今の私にはできない。
強い、すごい、しか出て来ない。
少なからず自身の経験からも、大切な家族を亡くすほど、残された者に影響を与える出来事
はないと感じている。
しっかりしなさいとか、がんばりなさいとか、何らかのメッセージがあると分かっていて
も、その人が存在しなくなったことの悲しみと喪失感の方が先に立つ。
それを乗り越えられない自分が悔しくて、ムカついたりする。
そして、それは自分の想いばかりが先に立つからだと思う。
でも、小倉氏にはそれがない。
亡くしたことの意味を消化できているというか、
愛をちゃんと受けとって、愛をちゃんと与えていらっしゃる。
自分よりも相手。
人に多くを与えることができる人は、あらゆることのスピードが尋常じゃなく早いのかもし
れない。超個人的なら、失敬。
お母さまの冥福を心よりお祈りいたします。