写真:島隆志 言葉:岸由利子
晴れてたかと思えば、また雨。あっという間に桜も散って、やあやあ夏が来るかと思いき
や、暖房入れたり消したり。変な天気だもんですね。
「袖」嫌いの身としては、(洋服作ってたくせにあれですが、特に半袖を着用するのがだめ
なので、裁ちばさみですべてカットオフ)ノースリーブで闊歩できる気候が待ち遠しい。
黙々と仕事した平穏な一日。昼、インドカレーを食べる。近所の友人と車道越しに出会い立
ち話。バタイユのマダム•エドワルダと目玉の話を読む。そばには、辞書の隣で置物みたく
なってる三毛猫がおります。
話はまったくすっ飛びますが、アイスランドの火山噴火で航空網がえらいことになっていま
すね。成田空港で足止め食らっている旅行者の方たちの気持ち、ちょっとだけですが分かり
ます。
今現在もなお、空港に居る彼らよりは全然短いし、シチュエーションがあまりにも違うのだ
けれど、かくいう私も、ロンドンのヒースロー空港で約一日、過ごしたことがあります。
遥か十年ほど前(と言って、もうそんなになるかと即愕然)、シリアンアラブエアラインと
いう、ものすごく馴染みのうすい航空会社の飛行機に乗り、ロンドンから北インドに一ヶ月
ほど、一人旅に出かけました。その帰路(インド→ロンドン)、私の乗る予定だった便が
オーバーブッキングだったらしく、デリーのインディラ•ガンディ空港から、同じ便が急遽二
機用意されることに。
この時点ですでにチェックインは済ませているし、席のチケット(あれは何というのだっ
け、ボーディングパス?)もあるのに、それらがすべて回収された時からおかしいとは思っ
ていましたが、「とにかくどちらか好きな方の飛行機に乗って下さい!!」と空港の人が叫
び、早い者勝ちみたく、乗客たちが飛行機めがけて走り込んだ後からが本番でした。
「体」はロンドンには着いたものの、「荷物」がない。
これは罰ゲームだと思いました。つまり、私の乗った飛行機の大分あとに飛んだ便に、土と
汗まみれのバックパックが乗っていたわけです。
財布の中には、自宅までの電車賃しか残っておらず、茫然。
もうこのまま帰ろうかとも一瞬思ったけれど、すべてがあやふやで不透明。ヒースロー空港
の人に聞いても、到着時間もアバウト。この場を離れてはならない気がしました。さらにい
うと、五百枚〜千枚近く撮った写真のフィルムの束とカメラや日記も入っていたので、とど
まることに。
腹が減ってしゃあなくなって、それなのに眠気も襲ってくれず、気が狂いそうに時間を持て
余していた朝方、清掃係のイギリス人のおっちゃんが、うなだれている私に話しかけてく
れ、なんとファンタを奢ってくれたのです。おねえちゃん、飲みいや、と。
橙の砂糖水。業務用掃除機の騒音。おっちゃんの黒い手。忘れません。
それから数時間後、荷物は無事到着し、家に帰ることができましたが、一日近く、空港にい
続けるのは、ストレスと不安の連続。おっちゃんの背中からまじで後光が射していました。
数日といえど数日。飛ぶべき日に飛ばなければ、明日はどうなるんだろうって思いで胸は
いっぱいではないでしょうか。天災がもたらした偶然とはいえ、大変な状況やと思います。
予期せぬハプニングを乗り越えようと、むしろ、今、まさに予想外の日本での滞在時間を堪
能しようとされている方々にエールを送りたいと思います。
空模様は徐々に快方に向かっているようです。


